Apple MusicやAmazon Prime musicなどのストリーミング配信を使うようになってから、ディスクユニオンやタワーレコードのような店舗でアルバムを探す機会がめっきりと減っています。音楽配信されていないようなレア音源や新譜でどうしてもほしいものがある場合はCDを購入することもあるのですが、音にこだわらなければだいたいのものが揃ってしまう(おまけに曲名でいろいろな演奏を瞬時に探すことができる)ため、ジャズやクラシックの同曲異演を簡単に比較できたり、かつて聴いていた(持っていた)アルバムなども再び聴くことができます。本で予習をしてから、お店でゆっくりと音盤を吟味し、ジャケ写やアーティスト・編成、曲名、演奏時間などからどんな演奏かと思いを巡らせて、悩んだすえに購入する…という、ある意味「儀式」のような楽しみはなくなっていますが、音楽の興味の幅は少し広くなった気がします。
GLIM SPANKYという2人組バンドを知ったのは、偶然観たBS放送でみうらじゅんのおすすめとして《焦燥》のPVをみてから。松尾レミの歌声はどこか荒井由実に似ていて、曲調も懐かしさとキャッチーさを感じさせつつ重厚なサウンドだったのが印象的でした。自分が感じてきた「葛藤」や「もがき」(これらはどこにもぶつけることなく過ぎ去ってきましたが…)を体現しているようで、年齢を重ねて「おじさん」になった耳にも心地よく響いていたのを覚えています。
もともとジャパニーズロックというジャンルに詳しくなく、アルバム購入することは殆ど無かったのですが、GLIM SPANKYの場合は、その後たまたまCS放送(スペースシャワーTV?)でPV特集をやっていたのを観て、他の曲も気になったのでダウンロードして聴いています。《焦燥》《大人になったら》《さよなら僕の町》《ロルカの歌》など彼女たちが高校生や大学生の頃の曲はブルースを基調としたアコースティックな作りです。新しいサウンドなのに、あたかも自分の青春時代に感じたやるせなさ・焦燥感・不満などを代弁したような歌声とサウンドは、おじさんの心のなかにもすっと入ってきます。《リアル鬼ごっこ》、《褒めろよ》や《ワイルドサイドを行け》などキャッチーな曲も聴き応えありました。ただ、GLIM SPANKYがカバーする荒井由実の《ひこうき雲》は、ユーミンの歌声の刷り込みがあるため、立派すぎてちょっとだけ違和感を感じました。
2016年3月18日金曜日
2016年2月20日土曜日
赤ちゃんはバッハがお好き?
土曜日はあいにくの雨ですが、新宿で東京・東部支部合同学術大会があったため、仕事帰りに少しだけ参加してきました。医局の前教授夫妻や医局の先生方にお会いできてとてもよかったです。
今日の1曲は、バッハの無伴奏チェロ組曲(全曲)。チェロ奏者のレジェンドであるパブロ・カザルスにより発掘・蘇演され、昔のクラシック本の言葉を借りると「チェロの旧約聖書」(この場合、「新約聖書」はベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集)とまで言われる曲となりました。プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、メヌエット(ブーレ・ガヴォット)、ジーグの6曲から編成される組曲が6曲で構成されており、6番のみいまは使用されない5弦楽器(チェロは4弦)を想定した作りになっています。番号が進むにつれて難易度があがり、5番(スコルダトゥーラという調弦をかえる奏法を使用する)を頂点としています。6番は深遠なアルマンドが美しい別次元の曲になっています。
なぜこの曲を選んだかというと、うちの子供(乳児)がこの曲を聴かせるとすやすやと眠るからなのです。少しむずかったりするときも、目が覚めたときでもこの曲を聴かせると落ち着いて静かになります。チェロの音域は男性の声に近く、チェロ組曲の曲調も落ち着くのかとても心地よいようです。この曲であれば何番でもよいようで、全曲リピートで聴かせています。大人からするとアルマンドが良さそうですが…まったく関係ないようです。
いろいろな演奏があるなかでもいちばんのお気に入りはアンヌ・ガスティネルによる演奏で、カザルスの歴史的名盤やチェロの伝導師エンリコ・マイナルディの深遠な深い演奏(古いサントリー山崎のCM「なにも引かない、なにも足さない」を地でいくようなモルトウイスキーのような漢字です)、中庸の美を地でいくようなポール・トルテュリエでもないようです。解説によるとガスティネルは2児の母であり、音にも母の優しさがこもっているのかな?なんて勝手に思いながら聴いています。
今日の1曲は、バッハの無伴奏チェロ組曲(全曲)。チェロ奏者のレジェンドであるパブロ・カザルスにより発掘・蘇演され、昔のクラシック本の言葉を借りると「チェロの旧約聖書」(この場合、「新約聖書」はベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集)とまで言われる曲となりました。プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、メヌエット(ブーレ・ガヴォット)、ジーグの6曲から編成される組曲が6曲で構成されており、6番のみいまは使用されない5弦楽器(チェロは4弦)を想定した作りになっています。番号が進むにつれて難易度があがり、5番(スコルダトゥーラという調弦をかえる奏法を使用する)を頂点としています。6番は深遠なアルマンドが美しい別次元の曲になっています。
なぜこの曲を選んだかというと、うちの子供(乳児)がこの曲を聴かせるとすやすやと眠るからなのです。少しむずかったりするときも、目が覚めたときでもこの曲を聴かせると落ち着いて静かになります。チェロの音域は男性の声に近く、チェロ組曲の曲調も落ち着くのかとても心地よいようです。この曲であれば何番でもよいようで、全曲リピートで聴かせています。大人からするとアルマンドが良さそうですが…まったく関係ないようです。
いろいろな演奏があるなかでもいちばんのお気に入りはアンヌ・ガスティネルによる演奏で、カザルスの歴史的名盤やチェロの伝導師エンリコ・マイナルディの深遠な深い演奏(古いサントリー山崎のCM「なにも引かない、なにも足さない」を地でいくようなモルトウイスキーのような漢字です)、中庸の美を地でいくようなポール・トルテュリエでもないようです。解説によるとガスティネルは2児の母であり、音にも母の優しさがこもっているのかな?なんて勝手に思いながら聴いています。
2016年2月9日火曜日
サティ《貧者(貧しき者)の夢想》
2016年になってからブログ更新していませんでした。遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。1月は通常診療だけでなく、1月締め切りの依頼原稿が2件(「小児内科」、「爪アトラス」ともに期限内に脱稿しました)、関東信越厚生局からの開業新規指導など盛りだくさんの内容であっという間でした。
遅くなった年始めの1曲はエリック・サティ《貧者の夢想(貧しき者の夢想)》です。エリック・サティ…それはバブル真っ盛りの1980年代に空前のブームを巻き起こした、あのサティです。アンビエント・ミュージック(環境音楽)の提唱者であるブライアン・イーノが影響受けたという《家具の音楽》や象徴主義的な不思議な題名(《犬のためのぶよぶよとした前奏曲》や《胎児の干物》など)で知られていますが、とりわけ有名なのは《ジムノペディ》《グノシェンヌ》など簡素ながら甘美な旋律を持つとても美しい作品集です。
《貧者の夢想》は1900年作でシャンソン《ジュ・トゥ・ヴ》と同じ年です。チッコリーニやティボーテなどメジャーレーベルから出ているピアノ作品全集などには含まれておらず、高橋アキ、メルタネン、パスカル・ロジェ(EXTON)などが演奏している程度。詳細はわからないのですが、Wikipediaなどでは「Robert Cabyによる校訂」とあるので、断片的に残っていたのかもしれません。
《貧者の夢想》は簡潔ながらとても儚く美しい旋律を持った曲で、《ジムノペディ》、《グノシェンヌ》や《ジュ・トゥ・ヴ》とともにもっと聴かれてよい曲と思います。演奏はフィンランドのピアニスト、ヤンネ・メルタネンのものが一番しっとりとして好みです。よりサティのイメージに近い(アンビエント的でドライな)演奏は高橋アキなのかもしれないですが…。「貧者」はサティ本人のあだ名だったようで、彼の夢とはなんだったのでしょうか?「貧しきもの、寂しきものの慰めは夢想である」(三太郎の日記)、大正時代の哲学者阿部次郎も同じ言葉を書き記していますが、その思想は極限までに昇華されたこの曲と同じものだったのでしょうか。興味は尽きません。
サティにとっての《家具の音楽》は数小節の音の反復(ミニマル・ミュージック)であり、《貧者の夢想》のような曲は決してアンビエント・ミュージックではない、といつも思いながら聴いています。
遅くなった年始めの1曲はエリック・サティ《貧者の夢想(貧しき者の夢想)》です。エリック・サティ…それはバブル真っ盛りの1980年代に空前のブームを巻き起こした、あのサティです。アンビエント・ミュージック(環境音楽)の提唱者であるブライアン・イーノが影響受けたという《家具の音楽》や象徴主義的な不思議な題名(《犬のためのぶよぶよとした前奏曲》や《胎児の干物》など)で知られていますが、とりわけ有名なのは《ジムノペディ》《グノシェンヌ》など簡素ながら甘美な旋律を持つとても美しい作品集です。
《貧者の夢想》は1900年作でシャンソン《ジュ・トゥ・ヴ》と同じ年です。チッコリーニやティボーテなどメジャーレーベルから出ているピアノ作品全集などには含まれておらず、高橋アキ、メルタネン、パスカル・ロジェ(EXTON)などが演奏している程度。詳細はわからないのですが、Wikipediaなどでは「Robert Cabyによる校訂」とあるので、断片的に残っていたのかもしれません。
《貧者の夢想》は簡潔ながらとても儚く美しい旋律を持った曲で、《ジムノペディ》、《グノシェンヌ》や《ジュ・トゥ・ヴ》とともにもっと聴かれてよい曲と思います。演奏はフィンランドのピアニスト、ヤンネ・メルタネンのものが一番しっとりとして好みです。よりサティのイメージに近い(アンビエント的でドライな)演奏は高橋アキなのかもしれないですが…。「貧者」はサティ本人のあだ名だったようで、彼の夢とはなんだったのでしょうか?「貧しきもの、寂しきものの慰めは夢想である」(三太郎の日記)、大正時代の哲学者阿部次郎も同じ言葉を書き記していますが、その思想は極限までに昇華されたこの曲と同じものだったのでしょうか。興味は尽きません。
サティにとっての《家具の音楽》は数小節の音の反復(ミニマル・ミュージック)であり、《貧者の夢想》のような曲は決してアンビエント・ミュージックではない、といつも思いながら聴いています。
2015年9月8日火曜日
雨の日のカノン
このところずっと雨が続いており、今年の夏はあっという間に過ぎていったようです。今日・明日は台風の影響もあり、時折強い雨が降っています。こんなに雨の日が続くと少し気が滅入るのですが、午後は久々にアン・バートンを流してまったりとしています。
今日の話題はアン・バートンではなく、パッヘルベルのカノンです。この曲も演奏スタイルによってはかなり変化があるのですが、弦楽オーケストラでゆったりと奏でるカノンは優雅でありなんとも言えない心地よさがあります。
そんなパッヘルベルのカノンで一番ゆっくりと演奏しているのは?と考えると…ゆっくりで有名なのはパイヤール盤なのですが、知りうる限りでは、ドゥアッテ盤が一番ゆったりとした演奏だと思います。9分2秒という時間をかけて間延びしないように丁寧に演奏しているこの演奏は、パイプオルガンで奏でているような通奏低音が印象的です。いつもはイル・ジャルディーノ・アルモニコのようなスッキリとした古楽アンサンブルを好むのですが、今日のような雨のまったりした午後にはゆっくりしたドゥアッテの演奏が恋しくなります。
指揮者のローランド・ドゥアッテはウィキペディア(フランス語)によると、フランスのヴァイオリニスト(独学!)・指揮者で、パリ・コレギウム・ムジクムを設立し、数多くのバロック音楽を録音しているようです。
この演奏が収録されているCDは、Accordレーベル原盤なのですが、なぜかオーリアコンブ(著名なフランスの指揮者)のバロック音楽名曲集の中に1曲だけドゥアッテ指揮のパッヘルベルのカノンが入っています。きっと一番ゆったりとしたカノンだと思います。
今日の話題はアン・バートンではなく、パッヘルベルのカノンです。この曲も演奏スタイルによってはかなり変化があるのですが、弦楽オーケストラでゆったりと奏でるカノンは優雅でありなんとも言えない心地よさがあります。
そんなパッヘルベルのカノンで一番ゆっくりと演奏しているのは?と考えると…ゆっくりで有名なのはパイヤール盤なのですが、知りうる限りでは、ドゥアッテ盤が一番ゆったりとした演奏だと思います。9分2秒という時間をかけて間延びしないように丁寧に演奏しているこの演奏は、パイプオルガンで奏でているような通奏低音が印象的です。いつもはイル・ジャルディーノ・アルモニコのようなスッキリとした古楽アンサンブルを好むのですが、今日のような雨のまったりした午後にはゆっくりしたドゥアッテの演奏が恋しくなります。
指揮者のローランド・ドゥアッテはウィキペディア(フランス語)によると、フランスのヴァイオリニスト(独学!)・指揮者で、パリ・コレギウム・ムジクムを設立し、数多くのバロック音楽を録音しているようです。
この演奏が収録されているCDは、Accordレーベル原盤なのですが、なぜかオーリアコンブ(著名なフランスの指揮者)のバロック音楽名曲集の中に1曲だけドゥアッテ指揮のパッヘルベルのカノンが入っています。きっと一番ゆったりとしたカノンだと思います。
2015年5月9日土曜日
セロニアス・モンクのいた風景
あっという間にゴールデンウィークが終わり、5月も3分の1が過ぎようとしています。おかげさまでクリニックも開院1年が過ぎ、多くの患者さまに受診していただけるようになりました。忙しく仕事ができる喜びを感じています。連休は昨年に続き、軽井沢で過ごしてきました。昨年の教訓を活かしてほとんど渋滞に遭遇することなく移動ができ、ゆっくりと英気を養うことができました。
軽井沢では村上春樹編・訳の「セロニアス・モンクのいた風景」を読んできました。セロニアス・モンクというと「風変わり」とか「異端」というキーワードが浮かぶジャズ・ピアニストの巨人(手垢のついた表現になりますがレジェンド)のひとりです。CS放送のミュージック・エアでライブ映像を観たり、CDも何枚も聴いているのですが、いまいちピンとこないピアニスト(あくまで個人的主観です)でした。そんなセロニアス・モンクについてリアルタイムで触れ合った音楽家、評論家、パトロンなどの文章を村上春樹が翻訳し、個人のエッセイを加えた1冊です。セロニアス・モンクに対するそれぞれの立場からの評論はおおむね好意的なものであり、その先進性と特異性がジャズを更なる次元に導いたという印象があります。興味深いエピソードはマイルス・デイビス楽団をクビになった若きジョン・コルトレーンとのやりとり(このふたりが共演した音源はほとんど残っておらずどんな演奏をしたのか気になります)やダウンビート誌がおこなった「ブラインドフォールドテスト」での歯に衣着せぬ言動(「私はすべての音楽が好きだ」という言葉で許してもらえる…はずです)などでした。
村上春樹の私的レコード案内…あくまで私的であるといつもの春樹節(このうねうねとした言い訳がとても好きです)でアルバムを聴き直してみようという気分になります。
私のセロニアス・モンクのベストアルバム、あくまで私的ということで、名作とかこの奏法がすごいなどという一般的評価とは関係なく、僕にとっての「セロニアス・モンクのいた風景」は《Criss-Cross》です。いろいろな意味でモンクらしくない聴き易さがあるからです。
軽井沢では村上春樹編・訳の「セロニアス・モンクのいた風景」を読んできました。セロニアス・モンクというと「風変わり」とか「異端」というキーワードが浮かぶジャズ・ピアニストの巨人(手垢のついた表現になりますがレジェンド)のひとりです。CS放送のミュージック・エアでライブ映像を観たり、CDも何枚も聴いているのですが、いまいちピンとこないピアニスト(あくまで個人的主観です)でした。そんなセロニアス・モンクについてリアルタイムで触れ合った音楽家、評論家、パトロンなどの文章を村上春樹が翻訳し、個人のエッセイを加えた1冊です。セロニアス・モンクに対するそれぞれの立場からの評論はおおむね好意的なものであり、その先進性と特異性がジャズを更なる次元に導いたという印象があります。興味深いエピソードはマイルス・デイビス楽団をクビになった若きジョン・コルトレーンとのやりとり(このふたりが共演した音源はほとんど残っておらずどんな演奏をしたのか気になります)やダウンビート誌がおこなった「ブラインドフォールドテスト」での歯に衣着せぬ言動(「私はすべての音楽が好きだ」という言葉で許してもらえる…はずです)などでした。
村上春樹の私的レコード案内…あくまで私的であるといつもの春樹節(このうねうねとした言い訳がとても好きです)でアルバムを聴き直してみようという気分になります。
私のセロニアス・モンクのベストアルバム、あくまで私的ということで、名作とかこの奏法がすごいなどという一般的評価とは関係なく、僕にとっての「セロニアス・モンクのいた風景」は《Criss-Cross》です。いろいろな意味でモンクらしくない聴き易さがあるからです。
2015年4月20日月曜日
42歳とノエル・ギャラガー
4月は私の誕生月でもあり、日本医学放射線学会総会に参加しているうちにひとつ歳をとってしまいました。30歳は医師としてこれから成長していく時期で、いろいろなことを吸収している時期でもあったため、ひとつずつ大人への階段を登るような気持ちがあったのですが…40歳は日々の生活に上手く溶けこむように自然であり、今年は誕生日も忘れそうな感じで過ぎていきました。
昨年は開業したばかりでいろいろと無駄に悩んだり、考えたりすることがあったのですが、いまは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあります。いままでのスキルと知識を活かして、地に足をついた医療を提供できるようになることが今年の目標です。
誕生日の音楽について何か語ろうかと思ったりしたのですが…先週はノエル・ギャラガーの武道館ライブに行って、久しぶりにノエル・ギャラガー・ハイ・フライング・バーズやオアシスを聴いていました。ノエル・ギャラガーのライブは一昨年のフジロック以来なのですが、今年は新作とともに来日したため曲目は新しいアルバム中心でした。でもノエル兄というとやっぱりオアシスの神曲(もはやイギリス国家との声も?)である"Don't Look Back In Anger"は外せません。お決まりの大合唱を聴くといつも涙がでます。今年はフジロックにも参加するようなので、是非リアム(最近ノエルのライブに来ていたらしいので…)とオアシス再結成をしてもらいたいな…と思っています。
昨年は開業したばかりでいろいろと無駄に悩んだり、考えたりすることがあったのですが、いまは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあります。いままでのスキルと知識を活かして、地に足をついた医療を提供できるようになることが今年の目標です。
誕生日の音楽について何か語ろうかと思ったりしたのですが…先週はノエル・ギャラガーの武道館ライブに行って、久しぶりにノエル・ギャラガー・ハイ・フライング・バーズやオアシスを聴いていました。ノエル・ギャラガーのライブは一昨年のフジロック以来なのですが、今年は新作とともに来日したため曲目は新しいアルバム中心でした。でもノエル兄というとやっぱりオアシスの神曲(もはやイギリス国家との声も?)である"Don't Look Back In Anger"は外せません。お決まりの大合唱を聴くといつも涙がでます。今年はフジロックにも参加するようなので、是非リアム(最近ノエルのライブに来ていたらしいので…)とオアシス再結成をしてもらいたいな…と思っています。
2015年4月14日火曜日
Robert Stewart - Beautiful Love
1曲目の《Speak Low》からテナー・サックスの野太いブロウを聴かせてくれる1枚。(良い意味での)むせぶような黒さを感じさせるアルバムで、2曲目《Beautiful Love》から7曲目《Canadian Sunset》まで全部スローなバラードなため、"Beautiful Love Bullard"というタイトルで再発しているようです(ジャケ写もジャズっぽいものに変わっています)。《Speak Low》はこの演奏が好きで事あるごとに聴いていたため、自分の中の演奏基準になっているほどです。
ロバート・ステュアートは1990年〜2000年台にかけて何枚かリーダー作を作っているのですが、2004年を境にぱったりとアルバム作成をしておらず、公式サイトとおぼしきWebサイトも更新されている気配がありません。iTunesでリーダー作をほぼ購入できるのですが、演奏スタイルがデビュー当時(このアルバムは2作目)のブロウで男気あふれるサックスから徐々にスピリチュアルな感じになって、最後にはメロウな演奏になっており(これはこれで良い演奏なのですが)、目指していたものがどこなのかわからない感じがします。
Wikipedia日本版には(当然?)彼の項目はなく、名前検索だけでは現状がわからず消息不明にでもなっているのかと思ったのですが...詳細にGoogle検索してみると昨年のジャズ・ライブの案内がみつかったので、アメリカで(ライブを中心に)活躍されているのではないでしょうか?ジャズの世界は長らくアルバムに恵まれなくても、突然復活することもしばしばあるので、気長に待つことにします。
ジャケットの写真は誰だかわからないのですが、ロバート・ステュアートではありません。
ロバート・ステュアートは1990年〜2000年台にかけて何枚かリーダー作を作っているのですが、2004年を境にぱったりとアルバム作成をしておらず、公式サイトとおぼしきWebサイトも更新されている気配がありません。iTunesでリーダー作をほぼ購入できるのですが、演奏スタイルがデビュー当時(このアルバムは2作目)のブロウで男気あふれるサックスから徐々にスピリチュアルな感じになって、最後にはメロウな演奏になっており(これはこれで良い演奏なのですが)、目指していたものがどこなのかわからない感じがします。
Wikipedia日本版には(当然?)彼の項目はなく、名前検索だけでは現状がわからず消息不明にでもなっているのかと思ったのですが...詳細にGoogle検索してみると昨年のジャズ・ライブの案内がみつかったので、アメリカで(ライブを中心に)活躍されているのではないでしょうか?ジャズの世界は長らくアルバムに恵まれなくても、突然復活することもしばしばあるので、気長に待つことにします。
ジャケットの写真は誰だかわからないのですが、ロバート・ステュアートではありません。
2015年4月10日金曜日
Guiomar Novaes - Beethoven: Piano Concerto No.5 in E-flat major, op.73 "Emperor"
最近しなくなった事というと、映画を観ること、交響曲や管弦楽曲などをゆっくり聴かなくなったこと…でしょうか。学生の頃は映画を観る機会が多かったのですが、救命やオンコールで呼ばれる日々を過ごすようになった頃から減ってます。交響曲や管弦楽曲などの大音響の曲は…(名曲喫茶ではないので)待合室のBGMとしてもなかなか流すこともできないので、必然的に減っているのでしょうか。
そんな中、久しぶりにベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番を聴いて懐かしい思い出が蘇ったので書こうと思います。この曲は《皇帝》という名前がついており、冒頭が非常に壮麗で男性的な感じがあり《皇帝》らしい演奏が好まれているようなのですが…私がイメージするこの曲は第2楽章なので、むしろ優しく包み込まれるような暖かみのある演奏が好きなのです。壮麗で華美な両端楽章にはさまれた愛らしい第2楽章が好きなのは、「ピクニック at ハンギングロック」(オーストラリア時代のピーター・ウィアー作品!)という映画による影響が大きく、この曲を聴くたびにボッティチェリの天使と形容されたミランダのスローモーションを思い出してしまいます。
そんな刷り込みで聴く《皇帝》は思い入れたっぷりに第2楽章を演奏してくれるものが好きで、このギオマール・ノヴァエスの演奏を始め、カラヤン&ワイセンベルク(ライブ)、マルグリット・ロン、ソロモンなどなどオールドタイマーな選択肢になってしまいます。ギオマール・ノヴァエスはブラジルのピアニストで、少し癖がある(ようなのですが)非常に優しいピアノの音色で美しい旋律を際立たせてくれます。アメリカの廉価盤レーベル(Vox box)の古い録音ですが、とても聴きやすいです。
2015年3月26日木曜日
Andrea Pozza Trio - Drop This Thing
早いもので3月も残すところあと5日、日に日に暖かくなってきました。外堀の桜も一分咲きですが、桜の季節となっているのを実感しています。
1曲目《Nebulosa》の冒頭からカッコよく聴かせてくれるアルバム。《Nebulosa》は非業の死(無実の罪で捉えられ拷問の末殺されてしまったのです...)をとげた伝説的なピアニストである、テノーリオ・ジュニオールによるジャズ・サンバの名曲。いろいろなところでサンプリングされているので、冒頭の旋律はどこかで聴いたことあるはずです。アンドレア・ポッツァの演奏はリリカルでどこか醒めた感じもありますが、ジャズ・サンバというよりもジャズとして奏でられています。2曲目はジョー・ジャクソンの《You Can't Get What You Want》をアラン・ファーリントンの渋い声でジャジーに聴かせてくれます。他にもボビー・コールの《Perfect Day》にオリジナル曲を散りばめた1枚です。
春より秋〜冬の寒い時期にあっているかな...と思いながらも、《Nebulosa》聴きたさについついかけてしまう1枚です。
2015年3月18日水曜日
John Coltrane - Lush Life
久々のブログ更新です。アルバム冒頭からジョン・コルトレーンの野太くセンチメンタルなソロが朗々と奏でられるこの盤は、後年のスピリチュアルなコルトレーンが苦手な人でも楽しめる1枚です。コルトレーンというと(良い意味での)黒さが全面に溢れており、「ジャズってこんな感じ」という漠然とした答えを導き出してくれるジャズ界の巨人です。ただ、だんだんとスピリチュアルで難解なフリー・ジャズに傾倒してしまうため、アルバムをたくさん持っていても手に取るアルバムが限られてしまうひとりでもあります。
1曲目《Like Someone In Love》から3曲目《There's Slow Blues》(LPでいうところのA面)はピアノレストリオであり、1957、8年あたりの録音と思えないほど臨場感あふれるコルトレーンのテナーが魅力です。4曲目の表題曲である《Lush Life》からはレッド・ガーランドのピアノが参加し、コルトレーンも甘くセンチメンタルな演奏を聴かせます。
A面B面という表現はレコードにしか通用しない表現ですが、盤をひっくり返すと雰囲気の違う演奏になるなんてとても素敵な選曲だなと思います。このような選曲から、今年のグラミーでプリンスが「皆さん“アルバム”って覚えていますか?“アルバム”って大事なものなんです」とスピーチしたことを思い出しました。いまはストリーミングなどで気に入った曲だけピックアップでき便利なのですが、取捨選択するのではアルバムのコンセプトだけでなく「演奏(録音)された時代や背景を反映している空気」というものもわからなくなるので好きではありません。
このアルバム...というよりコルトレーンは秋〜冬になる時期に流したほうが雰囲気あったかもしれないのですが、ともあれ午後の待合室を落ち着かせてくれる素敵な1枚です。
2015年3月10日火曜日
患者番号が1500を超えました
昨年の11月に患者番号が1000を超えてから4ヶ月と少し、ようやく?1500まで到達しました。「ここに皮膚科があったなんて知らなかった」と言われること約1年...ホームページ(Webサイト)を中心にゆっくりながら新規の患者さんがコンスタントに来ていただけることに感謝しております。
皮膚症状と生活スタイル、薬の組成・性状(外用剤であれば成分・添加物、内服であればどのような系統なのか...など)などを組み合わせて、可能な限り(医療に100%や絶対ということはないのは重々承知です)速やかに皮膚の状態が改善する方向性を定めていきたいと思い、日々の診療をしています。
そんなときに思い浮かぶ演奏家はチェロの伝導師エンリコ・マイナルディです。ゆったりとしたテンポで朴訥な歩みながら深く暖かみがあるチェロの音色を聴くたびに、こんな演奏のように自分も診察できたらと思います。マイナルディにはバッハの無伴奏チェロ組曲の名演(2種類)もありますが、一番好きなのはザルツブルク音楽祭でカルロ・ゼッキのピアノで奏でたシューベルトの《アルペジオーネ・ソナタ》です。1959年のライブ音源で、録音マイクが非常に近接しているためかチェロの響きが非常に生々しく、マイナルディの息づかいや鼻歌
も聴こえてきます。
シューベルトは得意な方ではなく、アルペジオーネ・ソナタもロストロポーヴィチの演奏を小さいころによく聴いたな...程度の感想なのですが、マイナルディの重くゆったりと語りかけるようなチェロの響きはいつ聴いても心に染み渡り、とても好きな演奏です。
「わたしの信条と目標は音楽に奉仕することであって、自分自身を見(魅)せるために音楽を利用することではありません」というマイナルディの言葉は、音楽を診療に置き換えると私の信条・目標になります。奇を衒わず、正攻法で医療に携わる...これからもゆっくりと(そして着実に)診療していきたいと思いました。
皮膚症状と生活スタイル、薬の組成・性状(外用剤であれば成分・添加物、内服であればどのような系統なのか...など)などを組み合わせて、可能な限り(医療に100%や絶対ということはないのは重々承知です)速やかに皮膚の状態が改善する方向性を定めていきたいと思い、日々の診療をしています。
そんなときに思い浮かぶ演奏家はチェロの伝導師エンリコ・マイナルディです。ゆったりとしたテンポで朴訥な歩みながら深く暖かみがあるチェロの音色を聴くたびに、こんな演奏のように自分も診察できたらと思います。マイナルディにはバッハの無伴奏チェロ組曲の名演(2種類)もありますが、一番好きなのはザルツブルク音楽祭でカルロ・ゼッキのピアノで奏でたシューベルトの《アルペジオーネ・ソナタ》です。1959年のライブ音源で、録音マイクが非常に近接しているためかチェロの響きが非常に生々しく、マイナルディの息づかいや鼻歌
も聴こえてきます。
シューベルトは得意な方ではなく、アルペジオーネ・ソナタもロストロポーヴィチの演奏を小さいころによく聴いたな...程度の感想なのですが、マイナルディの重くゆったりと語りかけるようなチェロの響きはいつ聴いても心に染み渡り、とても好きな演奏です。
「わたしの信条と目標は音楽に奉仕することであって、自分自身を見(魅)せるために音楽を利用することではありません」というマイナルディの言葉は、音楽を診療に置き換えると私の信条・目標になります。奇を衒わず、正攻法で医療に携わる...これからもゆっくりと(そして着実に)診療していきたいと思いました。
2015年2月25日水曜日
ホームページのリニューアル(その1)とステファン・アスケナーゼ
かれこれ2週間以上、ホームページ(Webサイト)と格闘しています。発端はGoogleのウェブマスターツールで「モバイルユーザビリティ上で重大な問題が検出されました」と指摘されたからです。ホームページをスマホ対応にしていなかったこともあるのですが、現行のホームページ・ビルダーだとスマホサイトを自由にいじれないこともあって、一念発起して新たに作ることにしました、と作り始めて...いろいろな障害?にぶち当たって今日まで来ています。
第一に自分でホームページ(Webサイト)をつくること...学会発表のスライドを作ることが好きならば、簡単に作ることのできるホームページ・ビルダーがあるので大丈夫...なはず。
次にPCが得意...NECのPCシリーズやMSX(懐かしい)から始まって、Windows3.1、Mac Classicの頃からパソコンに慣れ親しんできた...といっても知らないことが多い。
最後に一番大事なのは美的センス...こればかりはいまさら磨くことも難しい大きな壁です。
こうした難関を乗り越え、なんとか新しいサイトを作り上げたのですが...そこにはぬりかべのごとく大きな壁が立ちふさがっていたのです。(つづく)
2月はステファン・アスケナーゼの1950年代にグラモフォンに録音したショパン作品をBGMにしています。いまも現役の名ピアニスト兼指揮者のウラディーミル・アシュケナージと似た名前で打ち間違いと思われそうですが、アスケナーゼです。マルタ・アルゲリッチや内田光子といった現代でも最高峰といわれるピアニストたちのお師匠さんです。録音の古さも相まってか、暖かく、緩やかな音色でとても心地よいです。ホームページで煮詰まった頭もかなりすっきり...します。
第一に自分でホームページ(Webサイト)をつくること...学会発表のスライドを作ることが好きならば、簡単に作ることのできるホームページ・ビルダーがあるので大丈夫...なはず。
次にPCが得意...NECのPCシリーズやMSX(懐かしい)から始まって、Windows3.1、Mac Classicの頃からパソコンに慣れ親しんできた...といっても知らないことが多い。
最後に一番大事なのは美的センス...こればかりはいまさら磨くことも難しい大きな壁です。
こうした難関を乗り越え、なんとか新しいサイトを作り上げたのですが...そこにはぬりかべのごとく大きな壁が立ちふさがっていたのです。(つづく)
2月はステファン・アスケナーゼの1950年代にグラモフォンに録音したショパン作品をBGMにしています。いまも現役の名ピアニスト兼指揮者のウラディーミル・アシュケナージと似た名前で打ち間違いと思われそうですが、アスケナーゼです。マルタ・アルゲリッチや内田光子といった現代でも最高峰といわれるピアニストたちのお師匠さんです。録音の古さも相まってか、暖かく、緩やかな音色でとても心地よいです。ホームページで煮詰まった頭もかなりすっきり...します。
2015年2月20日金曜日
Steve Czarnecki Trio - When I Dream of You
スティーブ・クザルネッキがリーダーのピアノ・トリオ(1993年録音)。ジャケ写は写真家エリオット・アーウィットの代表作である、”California 1955"という写真を使用している。この写真を使ったアルバムというとエディ・リーダー率いる(一発屋)フェアグラウンド・アトラクションの"The First of a Million Kisse(邦題ファースト・キッス)"が有名。そのジャケットに比べるとチープな作りですが、演奏は奇を衒うことなくストレートなまごうかたなきピアノ・トリオです。
ジミー・スミスの《Bashin'》から始まり、アルバムタイトルにある《When I Dream of You》など3曲のオリジナルを含めた合計11曲から構成されており、どの曲もスローからミディアムテンポで安心して聴いていられるところがよいです。ビル・エヴァンスに捧げると書かれた《Who Can I Turn To ?》ではスティーブ・クザルネッキの美しいピアノ・ソロを聴かせてくれます。クリニックのBGMには(良い意味で)最適なアルバムです。
《I've Got You Under My Skin》では女性ヴォーカル(Baomi Butts-Bhanji)が入っているのですが、裏面には記載がなく初めて聴いた時にびっくりしました。
ジミー・スミスの《Bashin'》から始まり、アルバムタイトルにある《When I Dream of You》など3曲のオリジナルを含めた合計11曲から構成されており、どの曲もスローからミディアムテンポで安心して聴いていられるところがよいです。ビル・エヴァンスに捧げると書かれた《Who Can I Turn To ?》ではスティーブ・クザルネッキの美しいピアノ・ソロを聴かせてくれます。クリニックのBGMには(良い意味で)最適なアルバムです。
《I've Got You Under My Skin》では女性ヴォーカル(Baomi Butts-Bhanji)が入っているのですが、裏面には記載がなく初めて聴いた時にびっくりしました。
2015年2月18日水曜日
Karen Souza - Essentials 2
今日も冷たい雨が降っています。午前は開店休業中といえるほどのんびりしてました…。午後は予約が入っているので少しは仕事した感じになるのでしょうか?
こんな冷たい雨の午後はアルゼンチンの歌姫カレン・ソウサの新しいアルバムをかけています。2011年に"Essentials"というロックやポップスの曲をカヴァーしたアルバムでブレイクしており、その2作目がこのアルバムです。彼女はつい先日ブルーノート東京でライヴしていたのですが、残念なことに行けませんでした(日程を忘れていただけ…)。40歳を過ぎた耳には1曲目のブルース・ホーンズビー《The Way It Is》の旋律を聴いただけで胸が熱くなるのに、おまけにアンニュイなハスキーボイスでジャジーに歌われるとイチコロです。3曲目のモリッシー、9曲目のINXSなど懐かしい曲ばかりでアレンジともども気に入っています。
国内盤だけリック・アストリーの《Never Gonna Give You Up》が入っているのを知らずに輸入盤を購入してしまったが心残り…iTunesで買う…か思案中です。
こんな冷たい雨の午後はアルゼンチンの歌姫カレン・ソウサの新しいアルバムをかけています。2011年に"Essentials"というロックやポップスの曲をカヴァーしたアルバムでブレイクしており、その2作目がこのアルバムです。彼女はつい先日ブルーノート東京でライヴしていたのですが、残念なことに行けませんでした(日程を忘れていただけ…)。40歳を過ぎた耳には1曲目のブルース・ホーンズビー《The Way It Is》の旋律を聴いただけで胸が熱くなるのに、おまけにアンニュイなハスキーボイスでジャジーに歌われるとイチコロです。3曲目のモリッシー、9曲目のINXSなど懐かしい曲ばかりでアレンジともども気に入っています。
国内盤だけリック・アストリーの《Never Gonna Give You Up》が入っているのを知らずに輸入盤を購入してしまったが心残り…iTunesで買う…か思案中です。
2015年2月17日火曜日
Kenny Werner Trio - A Delicate Balance
今朝の雪は勢いがあって、積もるのかと思っていたらすぐに小雨になりました。でもすごく寒くて、春になるまでまだまだ時間がかかりそうです。こんな寒い日のBGMはケニー・ワーナーの1997年録音を選択。ドラムがジャック・ディジョネット、ベースがデイブ・ホランドととても贅沢な組み合わせ。ケニー・ワーナーはアメリカのピアニスト兼作曲家で、学生時代にクラシックからジャズに転向しています(ハービー・ハンコックもクラシックからジャズに転向ですが...)。このピアニストが人気あるのかは別として、よく言われているのは「こねくりすぎ」「いじりすぎ」。彼の奏でる旋律は美しく叙情的なのですが、直感的というより頭でっかちで神経質(偏屈?)のような印象をあたえるところはあります。とくにオリジナル曲などはよく聴きこまないと良さがわかりにくいかもしれないです。ケニー・ワーナーは個人的に好きなピアニストで、ふとした時に聴きたくなるひとりなのです。寒い雨の日には、こんな叙情的でちょっとだけ内向的で偏屈なピアノが合っています。ナット・アダレイの"Work Song"を以外は全てケニー・ワーナーオリジナル曲です。
2015年2月9日月曜日
Jorge Bolet - Live Liszt, Franck, Mendelssohn
2月はロマン派と言われる作曲家の音楽を巨匠・名匠の演奏で…という趣旨でアルバムを選んでいます。ホルヘ・ボレットはキューバ出身のピアニストで、フィラデルフィアのカーティス音楽院でゴドフスキー、サパートンに師事、さらにリストの弟子であるローゼンタールからも指導を受けており、リスト直系の孫弟子であることも知られています。これはボレットの死後発売された「未発表ライブ集」でメンデルスゾーン《前奏曲とフーガ》第1曲、フランク《前奏曲。コラールとフーガ》、リスト《ノルマの回想》の3曲です。フランクとリストは演奏時間が20分(メンデルスゾーンでも10分)を要する難曲ばかりです。
ボレットはGHQの一員として日本に滞在したことがあるそうですが、本職のピアノでは1970年代に入るまで無視されていた「忘れられていた天才」だったそうです。私がクラシックを聴き始めた80年代はすでにLONDON(DECCA)レーベルから次々と新譜が発売される人気ピアニストでしたが、そんな彼も長い不遇な時代があったなど全く知りませんでした。
メンデルスゾーン《前奏曲とフーガ》第1曲は遠い昔に聴いた時はつまらないと感じたのですが、この演奏ではバッハを模した厳格な曲を叙情的にスッキリと演奏していてとてもよい曲だと再確認させてくれました。フランクも堅苦しさがないとてもロマンティックな演奏で素敵です。リストはベッリーニのオペラ《ノルマ》の独唱、合唱を主題としたヴィルトゥオーソな曲ですが、ボレットは技巧を感じさせない流礼な演奏です。たまにはこんなロマンティックな曲がBGMなのもいいですね。
2015年2月3日火曜日
Mulgrew Miller - Trio Transition
2月からホームページ上に「本日のBGM」を載せることにしました。だいたいこんな感じですというアバウトなものですが、お役に立てればと思います。
いままでクラシックだとバッハからモーツァルトまでが多かったのですが、今月はロマン派〜国民楽派まで少し濃厚な音楽を流してます。ジャズはピアノ・トリオ中心からサックスなどを含めた編成も少しずつ増やしています。火曜日午後はマルグリュー・ミラーがサイドマンとして演奏しているアルバムとこの日本で録音された「Trio Transition」です。マルグリュー・ミラーは私が敬愛するピアニスト…残念ながら一昨年にまだまだこれからという時期で鬼籍に入ってしまいましたが…その彼がウディ・ショウ、トニー・ウィリアムスやアート・ブレイキーのバンドで頭角を現して、満を持してリーダー作を世に問うた、日本公演時に録音された1987年録音のアルバム。
発売当時はベースのレジー・コールマン、ドラムのフレドリック・ウェイツが三位一体になり対等に演奏しているという趣旨だと思ったのですが、いま聴いてみるとマルグリュー・ミラーのピアノが抜きん出ていて、マルグリュー・ミラーのリーダー作のようです。デビュー当時はマッコイ・タイナー風とも言われた彼の流麗かつ力強いピアノは、紛れも無い彼独特のものであり、このアルバムでは勢いというか若々しさも感じさせます。これに似た演奏というと…いまは大林武司、ザヴィアー・デイヴィス(最近リーダー作がないですね)などでしょうか。最近は彼らのようなマルグリュー・ミラー系?とも言えるピアニストがちらほら見かけるようになっているので、これからは彼らの演奏が楽しんでいこうと思います。
2015年1月26日月曜日
Joe Chindamo Trio - Joy of Standards
オーストラリアのピアニスト、ジョー・チンダモによるピアノ・トリオ。玄人好みのピアノ・トリオを量産している澤野工房による2000年録音作品。このシリーズは2002年にVol.2が録音されているので、このアルバムが好評だったためと思われます。
オーストラリアのジャズはあまりピンとこないというか(ジャネット・ザイデルも?)、南半球だと、ニュージーランドのダン・パピラニー(といってもイスラエル出身)ぐらいしか知らないのですが、ジョー・チンダモのピアノは爽やかで心地よく、適度な憂いもあるため、BGMに最適です。
チンダモがジャズにハマるきっかけは、オスカー・ピーターソン、ビル・エヴァンス、エロール・ガーナー、チック・コリア、ハービー・ハンコックなどを聴いていたこと、15歳のときにピアノを購入したことだそうです。18歳になって初めてピアノレッスンを受けたという遅咲きにみえる経歴ですが、6歳の頃からアコーディオンを嗜んでおり、音楽的な素養は十分あったのでしょう。
2015年1月24日土曜日
James Rhodes - Bullets & Lullabites
中古CD屋さんの特売コーナーでみつけた1枚。更にまとめ買い半額セールで、新品を250円ほどで購入してます。ジェームス・ローズというピアニストは”ロックスター・ピアニスト”という異名をもつイギリスのピアニストで、幼少時の虐待、自殺未遂、精神病棟への入院歴と妻と離婚…など幾多の困難を乗り越えて現在にいたるようだが、経歴もどんな演奏するかもわからないまま購入してしまいました。日本のWikipediaには彼の解説はなく、CDもこれだけのようです。シャーロックで人気のベネディクト・カンバーバッチとの対話やBSで放送された「心の旋律に耳を澄まして」というドキュメントがGoogle検索で引っかかってくる。
黒縁メガネに無精髭、ぼさぼさに伸びた髪はクラシックのピアニストにしては異質であるが、CDから流れる音楽は至極真っ当で、モシュコフスキー、アルカン、ブルーメンフェルト、ラフマニノフなど技巧派のピアニスト作品を散りばめている。CDはCD1 "Bullets"、CD2 "Lullabies"という2枚組のからなり、それぞれ午前、午後を表している。CD1枚あたり30〜40分程度の収録でLPのような曲数ですが、コンセプトを重視した作り…なのでしょう、きっと。
"Bullets"は技巧が散りばめられた曲にベートーヴェンのピアノ・ソナタ18番スケルツォやショパンのピアノ・ソナタ第3番プレストなど、ただのピアノ小品集とは異なる選曲になっています。アルカンのグランド・ソナタでも破綻なく弾ききっており、技巧に自身がありそうな感じ(あくまで感じです)。 でも"Lullabies"の優しくゆるやかな演奏のほうが彼には合っているようです。ドビュッシーやラヴェルなどはとても思い入れを感じます。でも一番美しく響くのはショパンのピアノ協奏曲第1番第2楽章《ロマンツァ》ですね。
2015年1月22日木曜日
Paul Lewis - Schubert: Piano Sonata D.850, etc
このところの冷たい雨は外出をするのも嫌な気持ちにさせるのですが、なぜだかシューベルトが聴きたくなります。
シューベルトは苦手な作曲家の一人で、長いこと聴かず嫌いの状態が続いていました。村上春樹の「海辺のカフカ」にシューベルト《ピアノ・ソナタ第17番ニ長調》が登場し、彼のエッセイでアンスネスやイストミンのCDをすすめていることも知っていたのですが、聴かず嫌いは変わらずでした。と、過去形で書いているのは、ポール・ルイス(ポール・スミスと混同してしまうような名前です)の演奏がとても素晴らしかったので、シューベルトをもっと聴いてみようと思っているから。
シューベルトの音楽を端的に言い表すことは難しいのですが、心惹かれる旋律にあふれていても「気まぐれ」で「とりとめのない」印象を与え、どこか仄暗い感じの音楽になるのでしょうか?その中でもD.850のピアノ・ソナタはとりとめのなさが際立っている感じです。その「冗長」な音楽をポール・ルイスは、深い森のような陰鬱な(シューベルトの)暗闇へ連れて行くことなく、節度のある抑揚のとれた旋律で現実とシューベルトを結びつけてくれます。彼の師匠であるブレンデルの演奏に似ているのは知的で少し突き放したような淡々としたところですが、優しく包み込んでくれる優しさが異なっているようです。
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