今秋台風が東京に接近した日の夜、先客がはけてガランとした店内でフランチェスコ・トリスターノのブスクスフーデとバッハを聴いた。その店のソムリエさんがトリスターノ、テクノ(とモーツァルトのピアノ協奏曲)をこよなく愛していると聞いたのもその日だった。それ以来、トリスターノという名前はグールドと同じようなひとつの記号として認識するようになり、改めて聴いてみようと思い立った。
フランチェスコ・トリスターノは1981年ルクセンブルク生まれのピアニスト(キーボーディスト)で、クラシックからテクノ、DJまで幅広い活躍をしている。同年代にはシュタットフェルトやフレイといったバッハ(と現代音楽)を得意としているピアニストがおり、いずれもグレン・グールド2度目の《ゴールドベルグ変奏曲》を録音した1981年(あるいはその前年)に生を受けている。
バッハの曲をピアノで演奏する際、避けて通れないほど大きく高い壁であるグールドの演奏は、他の演奏を寄せ付けることなく孤高の存在として遺されている。トリスターノやフレイはバッハにテクノなどのデジタル的な要素を加え、ケージあるいはブーレーズといった現代音楽の曲を挟むことでより普遍的なものにしている。それはグールドの演奏を意識するのではなく自然と昇華しているかのように。
トリスターノの自作はゴールドベルク変奏曲のアリアのように最初と最後(実際はバッハのメヌエットが最後)に配置し、その中にバッハとケージの曲を挟み込んでいる。バッハの規則性をもったかっちりとした音楽とケージ初期作品(《the seasons (1947)》、《in a landscape (1948)》など)ながらすでに偶然性を感じさせ、音が少なくスカスカな印象をもたせる音楽が交互に演奏されることで、バッハ、ケージの曲に深みを与えている。
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