2016年2月27日土曜日

アトピー性皮膚炎ガイドライン2016年版からわかること

日本皮膚科学会からアトピー性皮膚炎診療ガイドライン2016年版が発表になりました。これは日本皮膚科学会のホームページから一般公開ガイドラインとしてダウンロード(https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/atopicdermatitis_guideline.pdf)できるので、治療について気になる方は一読いただければと思います。

今回の以前のものと比較して目新しいものは「プロアクティブ療法」についての記載があることでしょうか。さらにCQ(エビデンスレベルに基いて奨励するか否かを示した質問と解答)に興味深い内容を記載していますので、それについて考えてみたいと思います。

まずアトピー性皮膚炎について。診察するにあたって明確な診断がされているか、他の疾患を除外しているかが重要です。①瘙痒があり、②特徴的分布(左右対称性)皮疹が、③慢性・反復経過(小児:2ヶ月以上、成人:6ヶ月以上)という条件をしっかりと満たしていない場合はアトピー性皮膚炎にはなりません。診察するときにはまずこの条件を満たさないといけません。治療は①薬物療法、②外用療法・スキンケア、③悪化因子の検索と対策が大きな柱となり、それを基本にひとりひとりの状態にあわせたオーダーメイド治療を加えていきます。

「プロアクティブ(proactive)療法」(にきびのプロアクティブ®ではありません)はクリニックのホームページのアトピー性皮膚炎のところにも記載をしていますが、皮膚症状が落ち着いた状態を維持するために、保湿剤によるスキンケアと週1〜2回程度のタクロリムス軟膏(プロトピック®)あるいはステロイド外用剤を症状に関係なく継続することで良い状態(寛解状態)を維持する療法です。この療法を行うには「アトピー性皮膚炎の皮膚症状の評価に精通した医師による治療、あるいは…連携した治療が望ましい」とガイドラインに記載されている通り、的確に皮膚症状を判断できる皮膚科専門医(または専門医がいる施設)で定期的な受診・治療・指導が必要になります。皮膚の良い状態を保つことは、皮膚バリア機能を正常に保つことでもありとても重要です。

CQから皮膚科医でも意外とわかっていないことがある点をいくつか挙げてみると、

  • 眼周囲のステロイド外用は白内障リスクは高めない(ただし緑内障リスクを高める)
  • 抗ヒスタミン剤内服は瘙痒軽減の補助療法となりうるが、欧米の報告では治療効果に否定的である
  • 漢方薬(消風散、補中益気湯)の使用については考慮をしても良いが、有用性を示した論文に乏しい
  • 妊娠・授乳中の食事制限(アレルゲン除去食)は児のアトピー性皮膚炎の発症予防に有用ではない
  • プロバイオティクスをアトピー性皮膚炎の症状改善に推奨するほどのエビデンスはないが、今後の大規模な臨床研究結果がまたれる
などがあります。これらは現時点における評価であるため、今後大きく変わるかもしれなませんが、知っておくべき事柄です。

ガイドラインは治療のベースになるもので、エビデンスを大きく逸脱した(独りよがりな)治療を是正するものです。かと言ってがちがちに準拠するだけでは治療にならない場合もあり、そのような症状をいかに上手に舵取りしていくか…そこに皮膚科専門医としての力量が求められているのだと思って診療しています。








2016年2月20日土曜日

赤ちゃんはバッハがお好き?

土曜日はあいにくの雨ですが、新宿で東京・東部支部合同学術大会があったため、仕事帰りに少しだけ参加してきました。医局の前教授夫妻や医局の先生方にお会いできてとてもよかったです。

今日の1曲は、バッハの無伴奏チェロ組曲(全曲)。チェロ奏者のレジェンドであるパブロ・カザルスにより発掘・蘇演され、昔のクラシック本の言葉を借りると「チェロの旧約聖書」(この場合、「新約聖書」はベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集)とまで言われる曲となりました。プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、メヌエット(ブーレ・ガヴォット)、ジーグの6曲から編成される組曲が6曲で構成されており、6番のみいまは使用されない5弦楽器(チェロは4弦)を想定した作りになっています。番号が進むにつれて難易度があがり、5番(スコルダトゥーラという調弦をかえる奏法を使用する)を頂点としています。6番は深遠なアルマンドが美しい別次元の曲になっています。

なぜこの曲を選んだかというと、うちの子供(乳児)がこの曲を聴かせるとすやすやと眠るからなのです。少しむずかったりするときも、目が覚めたときでもこの曲を聴かせると落ち着いて静かになります。チェロの音域は男性の声に近く、チェロ組曲の曲調も落ち着くのかとても心地よいようです。この曲であれば何番でもよいようで、全曲リピートで聴かせています。大人からするとアルマンドが良さそうですが…まったく関係ないようです。

いろいろな演奏があるなかでもいちばんのお気に入りはアンヌ・ガスティネルによる演奏で、カザルスの歴史的名盤やチェロの伝導師エンリコ・マイナルディの深遠な深い演奏(古いサントリー山崎のCM「なにも引かない、なにも足さない」を地でいくようなモルトウイスキーのような漢字です)、中庸の美を地でいくようなポール・トルテュリエでもないようです。解説によるとガスティネルは2児の母であり、音にも母の優しさがこもっているのかな?なんて勝手に思いながら聴いています。







2016年2月11日木曜日

Sweet Georgie Fameはどれがお好き?

ブロッサム・ディアリーの代表曲《Sweet Georgie Fame》は彼女の演奏も含めて大好きな曲ですが、モッズ・ムーブメントを代表するオルガニスト兼歌手であるジョージィ・フェイムに捧げる歌であると知ったのはつい最近のことです。いままで歌詞の内容を気にしなかったのもあるのですが、ジョージィ・フェイムを意識して聴いていなかったためかもしれません。この曲を最初に聴いたのは "Sweet Blossom Dearie"(1967)というアルバムに入っているもので、素敵なメロディと語るようにささやきながら優しい歌声がブロッサム・ディアリーのロリータ・ヴォイス(地声です)とマッチしていたことを覚えています。


このアルバムのLPオリジナル盤はいまでもリビングに飾っているほど好きなアルバムです…が、《Sweet Georgie Fame》の好きな演奏はというと、"Me and Phil" という1993年にメルボルンで録音された彼女のピアノとフィル・スコージーのベースという編成でゆったりと演奏されたものです。


《Sweet Georgie Fame》をピアノ・トリオで聴くとなると、元気いっぱいなテテ・モントリューやしっとりとしたルイス・ヴァン・ダイクのピアノも捨てがたいのですが、幻の女流ピアニスト(デビューから四半世紀消息不明だった…といっても音楽院教師をしていたそうですが)、デビー・ポーリスのデビュー盤 "Trio"(1982)に収録されているものが一番好きです。ベースでメロディを奏でるところから始まり、次第にデビー・ポーリスの優しいピアノの旋律が聴こえてくる、それはあたかも "Me and Phil" でブロッサム・ディアリーが歌うような密やかさがあって…聴いているだけでいつも幸せな気分になります。




2016年2月9日火曜日

サティ《貧者(貧しき者)の夢想》

2016年になってからブログ更新していませんでした。遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。1月は通常診療だけでなく、1月締め切りの依頼原稿が2件(「小児内科」、「爪アトラス」ともに期限内に脱稿しました)、関東信越厚生局からの開業新規指導など盛りだくさんの内容であっという間でした。

遅くなった年始めの1曲はエリック・サティ《貧者の夢想(貧しき者の夢想)》です。エリック・サティ…それはバブル真っ盛りの1980年代に空前のブームを巻き起こした、あのサティです。アンビエント・ミュージック(環境音楽)の提唱者であるブライアン・イーノが影響受けたという《家具の音楽》や象徴主義的な不思議な題名(《犬のためのぶよぶよとした前奏曲》や《胎児の干物》など)で知られていますが、とりわけ有名なのは《ジムノペディ》《グノシェンヌ》など簡素ながら甘美な旋律を持つとても美しい作品集です。

《貧者の夢想》は1900年作でシャンソン《ジュ・トゥ・ヴ》と同じ年です。チッコリーニやティボーテなどメジャーレーベルから出ているピアノ作品全集などには含まれておらず、高橋アキ、メルタネン、パスカル・ロジェ(EXTON)などが演奏している程度。詳細はわからないのですが、Wikipediaなどでは「Robert Cabyによる校訂」とあるので、断片的に残っていたのかもしれません。

《貧者の夢想》は簡潔ながらとても儚く美しい旋律を持った曲で、《ジムノペディ》、《グノシェンヌ》や《ジュ・トゥ・ヴ》とともにもっと聴かれてよい曲と思います。演奏はフィンランドのピアニスト、ヤンネ・メルタネンのものが一番しっとりとして好みです。よりサティのイメージに近い(アンビエント的でドライな)演奏は高橋アキなのかもしれないですが…。「貧者」はサティ本人のあだ名だったようで、彼の夢とはなんだったのでしょうか?「貧しきもの、寂しきものの慰めは夢想である」(三太郎の日記)、大正時代の哲学者阿部次郎も同じ言葉を書き記していますが、その思想は極限までに昇華されたこの曲と同じものだったのでしょうか。興味は尽きません。

サティにとっての《家具の音楽》は数小節の音の反復(ミニマル・ミュージック)であり、《貧者の夢想》のような曲は決してアンビエント・ミュージックではない、といつも思いながら聴いています。