2015年11月29日日曜日

Spike Wilner Trio - Live at Smalls

ニューヨーク、ウェスト・ヴィレッジ・7thアヴェニュー・サウスにあるジャズクラブ「Smalls」の共同経営者であり、ピアニスト、作曲家、ジャズ研究家など複数の肩書をもつスパイク・ウェルナーのトリオ盤。

トリオといってもピアノ、ベース、ドラムではなく、ピアノ、ベース、ギターであり、アート・テイタム、ナット・キング・コール、オスカー・ピーターソンなどでみられた、1930〜40年台あたりの古典的な編成である。このドラムレス・トリオはスパイク・ウェルナーの「ピアノが主役。ドラムやヴォーカルは入れない。」という経営方針にも現れているようです。アルバムではベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」第2楽章やスコット・ジョプリンの「マグネティック・ラグ」からジェローム・カーンやコール・ポーターのミュージカル曲(ジャズ・スタンダードとして知られた曲)をpopular themeとして変奏曲にしたりしています。ピアノは雄弁に語りかけたり、音の強弱を奏でたりすることなく、控えめな音と少ない音数でリズミカルに演奏しています。ピアノソロに優しく寄り添うベースとギターはときに絡みつくように音を重ねていくさまは非常に心地よく感じます。

クリニックのBGMとしても主張し過ぎず、うるさ過ぎずで最適です。クリニックには小さい子供から高齢の方まで受診していただいているため、(音楽的には卓越していたとしても)新しいジャズやコンテンポラリー・ミュージックは音が先鋭的になりやすいためBGMになりにくいのですが、このアルバムならいろいろな年代の人に楽しんでいただけるのではと思います。

ディスクユニオンのエサ箱(セール品ですごく安かった)にあったもの購入したのですが、とても聴き応えのあるアルバムでした。冬の夜なんかに最適の1枚です。




2015年11月24日火曜日

グラッシュビスタやザガーロはなぜ高いのか?

 今回は保険適応外治療として使用されている自費診療で処方される薬について考えてみました。皮膚科領域で現在、自費診療で発売している薬剤としては、「プロペシア(ジェネリックのフィナステリドも含む)」、「グラッシュビスタ」があり、発売延期となりましたが「ザガーロ」もその仲間です。
 
 これらのなかでも「グラッシュビスタ」はまつ毛貧毛症、「ザガーロ」は男性型脱毛症(AGA)の薬として使用されます。点眼液と内服薬の違いがありますが、いずれも「ルミガン点眼液」、「アボルブ」という他の疾患に対する薬剤があります。「ルミガン点眼液」は緑内障・高眼圧症に対して保険適応がある点眼液です。まつ毛にこの点眼液が付着することでまつ毛が伸びたり、太くなる副作用が知られており、まつ毛を伸ばす目的で以前より美容クリニックなどで処方されていました。一方、「アボルブ」は前立腺肥大症の治療薬ですが、AGAの原因である5α-還元酵素Ⅰ型・Ⅱ型とも阻害するため、既発売である「プロペシア」(フィナステリド;Ⅱ型還元酵素のみ阻害)よりも治療効果が期待できると、泌尿器科・内科、AGAクリニックなどで処方されていました。

 これらの薬に共通しているのは、本来の目的以外の治療効果に対して使用している点です。一般的に保険適応外と呼ばれるものは、海外では保険適用であっても本邦では未承認、あるいは治療効果については実証されていても認可されていない薬剤を使用することを指します。「ルミガン点眼液」によるまつ毛育毛や「アボルブ」によるAGA治療も大きな括りで言えば保険適応外となります。

 このような薬が保険適応拡大ではなく、自費診療としてこれらの薬を(名前を変えてまで)発売することに至った経緯には幾つかの理由があると思います。①日本は高齢化社会となり医療費が逼迫している、②まつげ貧毛症やAGAの治療に医療保険を使うことで医療費がかさむことが予想される(これは保険を使用して治療を必要とする疾患か否かという意味合いもあると思います)、③保険適応外にも関わらず、保険病名として「緑内障」や「前立腺肥大症」と記載して処方する(これは違法です)ことが少なからずあるため、④保険適応外で使用した場合、重篤な副作用になった場合、医薬品副作用被害救済制度を受けられない(逆に言うと高額であるが「グラッシュビスタ」や「ザガーロ」は救済措置を受けることができる)、などが考えられます。

 ①②は医療費40兆円/年を超えることや、診療報酬改定のニュースが話題となっているため理解しやすいと思います。率直に言って、まつ毛貧毛症やAGAは命に関わるものではなく、かならずしも治療しなくてはいけない疾患ではない…ということを意味しているのでしょう。どうしても治療をしたければ自費でという流れです。

 ③は自費だと患者さんの費用負担が大きいので優しさで処方してあげる…と言うと聞こえは良いですが、保険診療でこれらの薬を処方し続けることは違法(厳密に言うと健康保険法違反)です。摘発されるリスクを犯しながら処方を続けることはできません。

 ④は副作用がない限り問題ないと思われがちですが、インターネットで並行輸入の医薬品を購入したり、院内処方で「ルミガン点眼液」や「アボルブ」をまつ毛貧毛症やAGA治療目的で購入した場合、それらの薬で問題が生じた時に保証されません。このことをどれだけのひとが理解しているのか、そのリスクを承知して購入しているか心配です。皮膚科医はスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)や中毒性表皮壊死症(TEN)、薬剤過敏症症候群(DIES)などの重症薬疹(重篤な副作用)で苦しんできたひとを何人も診療しており、今まで報告がなくてもどのような薬剤でも重症薬疹を引き起こすリスクがあることを知っています。だからこそ、副作用で薬疹になったときに救済措置ができる「グラッシュビスタ」や「ザガーロ」を処方することで、このようなリスクを回避ができるようになったことは非常に大事だと思います。

 ただ…金額設定はどのようにしておこなわれているのか、どうしてこの値段になのか?というところはわかりません(「ザガーロ」は「プロペシア」の1.6倍の効果があると宣伝しているので、仕入れ値も1.5倍ぐらいになっている?)。並行輸入や保険適応外処方(院内処方を含む)と張り合う値段とまではいかなくても、もう少し購入しやすい価格というのは検討されていなかったのでしょうか…薬剤には使用期限があるため、在庫を抱えるのは良くないですよね。


2015年11月17日火曜日

プロトピックで催奇形性?

あっという間に11月になり、2015年もあと少しとなってきました。クリニックはゆっくりにながら成長を続けている…はずです。これもひとえに受診していただける患者さまや支えてくれる家族・スタッフの方のおかげと感じています。

今回も皮膚科の話題をひとつ。プロトピック®軟膏についてです。一般名はタクロリムスといい、アトピー性皮膚炎に対して保険適応がある外用剤です。タクロリムス水和物は茨城県筑波山付近で採取された放線菌(Streptomyces tukubaensis)の代謝産物である免疫抑制剤で、経口薬(先発品はプログラフ®)は臓器移植・骨髄移植の拒絶反応や関節リウマチの治療で使用されてきました。その外用剤がプロトピック®軟膏となります。

プロトピック®軟膏は1999年(小児用は2003年)の発売からいろいろな論文により翻弄されてきた軟膏でもあります。①長期間外用するとリンパ腫(皮膚癌)になる、②催奇形性や胎児奇形の心配がある…などです。こんな話を聞かされれると外用するのが怖くなってしまうのですが、①②ともにちゃんとした解答があり、医師がきちんと使用方法を説明し使用方法を正しく守って外用すれば安心して使える外用剤なのですが、いまだにHPやブログの記事やYahoo知恵袋などの回答で「使用するのは危険」と書かれており、ちょっとかわいそうに思います。

①は「タクロリムス軟膏のマウス2年間塗布試験」が発端です。この実験では「タクロリムス軟膏を1日1回、2年間にわたり塗布した結果、タクロリムス血中濃度が上昇し、リンパ腫の発現が有意に上昇した」ものでした。この結果だけでは確かに皮膚癌リスクが高いかも…と思うのですが、マウスの皮膚はヒトよりも100〜200倍薄いため薬剤の吸収率が高くなること、マウスの寿命が約2年であるため、一生かけて塗布していること、マウスのリンパ腫発生頻度が高いことなどのバイアスがあり、現在ではヒトではそのようなリンパ腫を起こす血中濃度にはならず、癌の発生率も自然発生率と変わらないという論文が数多くあります。しかし、その後も小児の不適正な長期使用例で発癌率上昇の可能性の報告もあり、医師がプロトピック®軟膏の特性について理解せず処方することは非常に危険です。



②は「タクロリムスを経口投与したうさぎの実験」で催奇形性や胎児奇形の報告があり、プロトピック®軟膏に対するものではありません。しかし、薬剤師の方でも「長期外用により催奇形性や胎児奇形がおきる」と誤解されている方もまだいらっしゃるようで、「薬局で催奇形性のある薬剤と言われた」と患者さまから教えてもらうこともあります。短時間でいろいろ説明するため、簡潔に伝えるのは難しいのかもしれないですが、殊更に不安を煽るようなことはしないほうが良いのでは…と考えてしまいます。


プロトピック®軟膏は使用方法を熟知したひとが説明すれば、ステロイド長期投与による副作用を軽減できる外用剤なので、処方する側が説明をしっかりしていかなくてはと思います。(プロトピック®軟膏の利点・欠点もあるので、それは別の機会に説明します)